分譲マンションの管理事務室に勤めて十年になりますが、近年、住民の方々からの相談で顕著に増えているのがトイレの排水トラブルです。特に、流せるトイレブラシの普及に伴い、一戸の詰まりが建物全体の共有部分にまで影響を及ぼす事例が出てきており、管理の立場からすると非常に危機感を抱いています。マンションの排水は、各戸の横引き管から縦のメイン配管へと繋がっています。横引き管は十分な勾配が取られていない箇所もあり、そこに水溶性の低い異物が留まると、その階の住民だけでなく、下層階での溢れ出しや異臭の原因になることがあります。ある事例では、上層階の入居者が日常的に流せるブラシを複数枚流し続けていたことで、縦管の合流地点に未分解の繊維が蓄積し、そこへ油脂分や髪の毛が絡みついて巨大な「塊」へと成長しました。結果として、下階のトイレが突如として逆流し、汚水による家財の被害という最悪の事態を招きました。流せるトイレブラシは、個人の家庭内では「便利で清潔な掃除道具」であっても、マンション全体のインフラという視点で見れば、非常に慎重な扱いが求められる物体なのです。最近の製品は環境負荷を考えて水溶性を高めているとはいえ、それはあくまで理想的な水流があることが前提です。深夜や早朝など、建物全体の水の使用量が少ない時間帯に重いブラシチップを流すと、水流の勢いが足りずに配管内で「寝て」しまい、そのまま固着してしまうリスクが高まります。管理組合の理事会では、流せる製品全般について、安易に流さないよう注意喚起を行っていますが、やはり製品パッケージに躍る「流せる」という言葉の安心感にはなかなか勝てません。しかし、もし一戸の不注意が原因で共有部分の配管を損傷させたり、他戸への被害を出したりした場合、その責任や賠償額は個人の手に負えるものではなくなります。集合住宅で暮らすということは、一本の配管を共有しているという意識を持つことです。利便性を否定するわけではありませんが、自分の流したものが、壁の向こう側でどのような旅をしているのかを想像していただきたいのです。もし、流せるブラシを使うのであれば、せめて細かく千切ってから流す、あるいは十分な水量を確保して流すといった、隣人や建物への配慮を含めた使い方が定着することを切に願っています。